2012年02月01日
最後だと分かっていたなら
『最後だとわかっていたなら・・・』
(作/ノーマ・コーネット・マレック)
(訳/佐川 睦)
あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう
あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう
あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう
たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい
そして わたしたちは 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと
だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから
引用:『最後だとわかっていたなら』
朝日新聞の“2度目の震災で逝った娘よ”の記事から、
この詩を知ることとなりました。
17年前、兵庫県西宮市で阪神大震災の揺れにおびえた13歳の少女は、結婚して岩手県陸前高田市に移り住み、昨年3月に逝った。
逃げ込んだ市民会館で津波に飲みこまれた。
藤田朋さん 29歳。
妊娠3ヶ月だった。
両親は偶然出会った一遍の詩に娘の声を聴いた。
最後だと分かっていたなら・・・
このような書き出しから始まる記事でした。
10月、図書館で働く妹がこの本を借りてきます。
子供を亡くした米国人女性が作った詩。
ご両親は心を打たれます。
アメリカの同時多発テロ事件でも、追悼番組や集会で朗読されていたそう・・・。
11月、陸前高田の職員遺族に配ろうと、ボランティア活動に寄せられた義捐金で110冊を購入。
慰霊祭当日。
ご両親らを待っていた同僚から思いがけない話を聞きます。
一昨年の2月、陸前高田市で開かれた福祉の講演で、朋さんがこの詩を朗読していたのです。
家族は繋がっているのですね。
今回の記事を目にし、あらためて今回の地震が及ぼした悲劇を大きさを思い知りました。
僕が知っているのはまだまだほんの一端なのかも・・・。
この詩を通し、大切なものを考えさせられました。
この悲劇を通して何かを学ばないといけないのだと・・。
一日一生。
言うは易し・・・ですが、いつも頭の片隅に置いておこうと思います。
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